【復元】太平洋戦争で失われた天守達

はじめに
現存天守といえば全国に12城。
(弘前城、松本城、犬山城、丸岡城、彦根城、姫路城、備中松山城、松江城、丸亀城、松山城、宇和島城、高知城)
しかし、戦前まではそれらに加えて6城も天守が現存していました。(水戸城の御三階櫓を含めると7城)
戦争で失われなければ、現存18天守!はたまた国宝11城!なんて呼ばれていたかも知れません。
そう思うと非常に悲しく残念です。
しかし、戦後復興のシンボルとして各地に復元、再建された天守は見どころ満載。
コンクリート造りであろうと、復元天守であろうと、それを目当てにお城を訪れる人々がいるという事は事実であり、それはそれはとても素敵な事だと思います。
今回は、太平洋戦争で失われその後復興された天守を追ってみたいと思います。
①名古屋城

1612年完成
1945年5月14日 名古屋大空襲で焼失
1959年再建
1945年の太平洋戦争までは、家康時代の天守が残っていました。
戦災で焼失しなければ、家康の造った天下の名城が今も変わらぬ姿で拝めたかもしれません。
非常に残念です。
②岡山城

1597年頃完成
1945年6月29日 岡山空襲で焼失
1966年再建
その姿は、織田信長の安土城天守や、豊臣秀吉の大坂城天守と同じ形式とされる漆黒の望楼型。
③和歌山城

1850年完成
1945年7月9日 和歌山空襲で焼失
1957年再建
その後は浅野家が入り、家康の十男である徳川頼宜が入ってからは徳川御三家「紀州徳川家」の居城として明治維新まで続きました。
天守は1850年に建て直されたものですが、最も発展した形式の連立式天守で、もし現存していれば姫路城や松山城と同じく非常に貴重な存在になっていたはずです。
④大垣城

1630年頃完成
1945年7月29日 大垣空襲で焼失
1959年再建
大垣城は、関ヶ原の戦いにおいて西軍の石田三成が本拠地にした事で有名なお城。
その後は、現在の兵庫県尼崎から入ってきた戸田氏鉄により大改修が施されたそうで、珍しい四重の天守もこのころに建てられたのだとか。
⑤広島城

1592年頃完成
1945年8月6日原爆の爆風で倒壊
1958年再建
広島の原爆投下時までは輝元時代の貴重な天守が残っていました。
毛利輝元は、織田信長や豊臣秀吉とも渡り合った戦国時代の人物。
そんな人物が建てた天守が原爆によって倒壊するなんてとても残念なお話です。
⑥福山城

1622年完成
1945年8月8日 福山大空襲で焼失
1966年再建
徳川家康の従兄弟である水野勝成が、西国大名の抑えとして築城したのが、この福山城。
京都の伏見城から櫓や門を移築してきたり、立派な五重天守を建てたりと、福山城が非常に重要視されていた事が伺えます。
戦災で焼失してしまいましたが、復元された天守にもこの鉄板張りが再現されています。
さいごに
これらの天守はすべて焼失から時を経て復元されたものです。
そこには復元を望む地域の人々の声があったに違いありません。
生まれ育った街に復活した在りし日の天守の姿。
その光景は戦災からの復興のシンボルのような存在だったのではないでしょうか。